みこしコラボレーション
6月25日の日曜日、伊勢佐木モールでは横浜開港150周年「みこしコラボレーション」が開催された。神奈川県下から集まった神輿は全部で15台。迫力満点の神輿郡が伊勢佐木モールを渡行する光景は圧巻の一言であった。この日は祭りと言うわけではなく、開港150周年に向けてのイベントであったが、夏祭りのように盛り上がった一日だった。
この日は小雨が時折ぱらつくあいにくの天気だったが、正午の開始と同時に担ぎ手の威勢のいい掛け声が伊勢佐木モールに響き渡った。渡行は伊勢佐木モールの1丁目(関内駅側)から伊勢佐木商店街の先端までを往復する。参加した団体は「横浜北神会」、「横浜八幡町神輿」などの横浜勢に加え、横須賀、藤沢などの湘南勢、そして秦野からなどであった。
神社の祭りには欠かせない神輿だが、これだけの数の神輿と担ぎ手を同時に見られることはあまりない。神輿は神殿をかたどったものが多いが、大きさだけでなく、形状もそれぞれ特徴があり見比べると面白い。担ぎ方も荒々しく揺らしたり(魂振りと言うらしい)、人が上に乗ったりするなどそれぞれ異なっていた。また、担ぎ手のほとんどはふんどし姿の男性であったが、女性も多かった。
現在、伊勢佐木モールにはワールドカップの垂れ幕が等間隔にかかっているが、神輿が下を通過する時には竿で垂れ幕を持ち上げ、神輿の先端に引っかからないようにしていた。また、通路脇に止めてあった自転車なども渡行の障害となっていたようだ。本当ならば、神輿が渡行するには適した場所とは言えなかったであろう。
しかし、担ぎ手は気迫とパワーで観衆を圧倒し続け、イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。
ハマテレビにて動画を配信中




素敵な洋食のお店を見つけました。JR桜木町駅から国道16号線を横浜方面に歩いて、紅葉坂を登って行く途中、左側に洋食屋 綺・Luckはあります。
店内はゆったりと落ち着いた雰囲気で、ご夫婦や女性に人気があるようです。
キャベツに包まれたひき肉がふんわりとしてトマトの酸味ととても相性がよく美味しい一品でした。
散歩を楽しんだ後のちょっとひと休み、ゆったりと少し贅沢な雰囲気と食事を味わいました。
中華街の香港路と市場通りを結ぶ小路にある台湾料理が中心のお店。小路には中華民国の旗がはためき、お店の外観と相まって、独特な雰囲気を醸し出している。人通りも少なく別世界のようだ。
店内は少し暗めだが、庶民的な雰囲気がいい。個人的にはこのような雑然とした感じが好きである。
台南地方を代表する料理のひとつ「台南担仔麺」がメニューに無いのが残念であるが、今度は是非夜に行きたいお店である。
6月17日、開港150周年を市民のイベントで盛り上げようという「ぷらっと150サロン」では、今回は初めての「丘ぷらっと」ということで、中区以外の区に出かけて市民の方たちとの新たな交流の場がもたれました。開催地は都筑区、市営地下鉄中川駅前のハウスクエア横浜。
横浜市の中でも東京都、川崎市に隣接する都筑区周辺地域は、人口が都筑区だけでも約18万人(平成18年初め)、現在横浜市の中で最も人口増加の多い地域です。港北ニュータウン、緑の多い地域としても知られていて、港北ニュータウンに暮らす人の平均年齢は32.5歳とのこと。
今回のサロンの企画運営をした「ビタミンママ編集室」では、横浜市北部(都筑・青葉・港北・緑)と川崎市の一部地域に焦点をあてて、そこに暮らしている主婦が欲しいと思っている情報を季刊誌やウェブサイトを通じて発信しています。
京浜急行「黄金町」駅前の大岡川沿いは、旧赤線地帯として知られている。赤線地帯とは政府公認の売春を目的とする特殊飲食店街の別称である。警察の地図に赤い線で囲って表示されていた。
現在、この辺りは昼夜を問わず警察の厳重な監視下に置かれている。京急線の高架下に監視所まで設置するほどの徹底ぶりで、路上に配置されている警察官の数も少なくない。閉まったままの飲食店が多いが、店内に人の気配がすると、即座に警察官によって調べられる。このような厳戒ぶりではさすがに商売が出来ないのか、レンタルルームに商売替えをしている業者も多く見られた。
中華街大通りの中央にある売店。1963年創業の珠江飯店をはじめとした系列レストランは中華街だけでも3店舗あるが、ここでは手作り点心や中華菓子などを主に販売している。明るく開放的な店内にはイートインスペースも用意され、店内で購入した商品を食べることが出来る。
イートインスペースではさまざまなメニューが用意されているが、中でもカメゼリー(亀苓膏)を使った「あんみつ」と「カメチーノ」(写真左)がおすすめのメニューだ。値段は共に500円。
私が最初にこれを食したのは台北駐在時であった。カメの甲羅と聞いて一瞬食べるのをためらったが、この苦さが絶品で、しばらくこの味にはまってしまった。この時はコラーゲン等々の話は知らなかったが、体を冷やす成分も含まれているため、亜熱帯気候の生活には欠かせないものでもあった。
三つの渓谷にまたがる庭園、横浜の本牧にある三渓園へ行きました。
「晴れ時々曇りの夏日」と言われていた天気は、夕方から曇りはじめ、私たちが三渓園に着いた頃から小雨がぱらつき始めていました。近くを歩いていた小さな男の子が「天気予報の嘘つき!」と空に向かって叫んでいましたが、私もそんな気持ちでした。あの子も今日ホタルを見るのをきっと楽しみにしていたのでしょうね。
大池の上流、川音の聞こえる辺りで暗くなるのを待ちました。雨も大降りになることなく、いつの間にか止んでいて、だいたい7時半前後の辺りが暗くなった頃、川辺をふんわり飛ぶ無数のホタル、目の前の植え込みの葉の上で静かに光を放つホタル、頭上のもみじにとまって光るホタルと、知らぬ間に至る所にホタルが・・・。数十匹のホタルがほんのりとした光を放ちながらふんわりと川辺を漂う様子は幻想的で、束の間夢を見ているような不思議な感覚でした。
みなと大通り沿いにある大正12年創業の老舗の洋食レストラン「梅香亭」。開店前に行列が出来る人気店である。
それほど広くない店内では、年配の男性が一人で給仕をしていた。少し無愛想ではあったがサービスはいい。
6月2日は横浜の開港記念日。毎年6月初旬には市内の各地で開港記念の催しが開かれています。
紅葉坂を登り、青少年センターの手前の道を右に入っていったところに緑豊かな掃部山公園はあります。石段を登ると、春には満開の桜が楽しめ、花見をする人で賑わう広場があり、その先のさらに高いところに、井伊直弼の像は港を見下ろすかたちで建っています。
辺りを散歩していると、銅像の裏手に横浜能楽堂が見えました。平成8年に建てられたものです。この銅像の裏辺りは、以前は松の木などたくさんの木が生い茂っていたのですが、能楽堂の敷地をだいぶ広げて建てたようで、ちょっと窮屈になってしまったように感じます。
掃部山公園のある丘には明治初期、鉄道建設のために来日した外国人技師たちの官舎があり、鉄道開通後も付近一帯は鉄道用地となっていたため、この丘は「鉄道山」と呼ばれていたそうです。
銅像のある広場から坂を下っていくと日本庭園や遊具のある広場があり、その間の道をさらに下ると住宅街に続く道に出ます。その右側にはブラフ積みの石垣を見ることができます。
こちらのブラフ積の石垣には、「石積みの角度にはより堅石の安山岩(真鶴石)を積んで強固なものとし、関東大震災にも耐え抜いた」と記されていました。平成8年度に災害予防目的で、いったん石積みを解体撤去し、コンクリートブロック擁壁により安定した構造を確保した上で、元の「ブラフ積み」を復元したようです。
横浜の開港を記念して開かれる「横浜みなと祭り」の行事の一つとして、横浜公園では横浜開港記念バザーが開かれている。市民だけでなく首都圏の方たちからも親しまれているこのバザーは、今年で75回目を迎える。1920年(大正10年)から続いているのだそうだ。
この日、敷地内にある横浜スタジアムでは横浜ベイスターズ対北海道日本ハムファイターズとの試合が行われ、スタジアムから聞こえてくる歓声も相まって、活気のあるイベントとなった。出店しているかながわ物産展からも客寄せの威勢のいい声が上がっていた。
このバザーの何よりの呼び物は植木市であろう。造園業を営んでいるところや園芸店などが毎年多数出店している。それも小さな鉢物から庭木となるような大きなものまで様々にあり、枝ぶりのいい見事な五葉松が堂々と他の植木と並んでいたのにはビックリした。普段、このような大きな植木はなかなか購入できないため、年配の方を中心に多くの人で賑わっていた。店の人と手入れの方法など相談しながら楽しそうに会話している姿や、普段あまり見かけない野草や、紫陽花やバラも品種が様々にあり見ているだけでも楽しい。
今年の3月、中華街に「横浜媽祖廟」が建立された。「媽祖」は、約千年前に実在した人物、福建省の林氏の娘で、人間から神様となり、海の神様として祀られている。
建立後数ヶ月経ったいま、修学旅行生や外国人を含んだ多くの観光客が訪れ、中華街の観光ルートに加わっている。廟境内の見学、神殿の外からの参拝は無料。線香(500円)を購入すれば神殿内にて参拝が出来る。参拝の仕方は少し複雑で日本人には馴染みがないため、係員が常駐していて丁寧に教えてくれる。また、神殿内ではおみくじ(200円)を販売しているが、日本のように簡単には手に出来ない。最初に番号札を引くのは同じだが、ふたつの三日月形の聖(赤い木片)を同時に投げ、表と裏が出なければおみくじはもらえない。表と表、裏と裏は不可で、表と裏で神様が許可したことになると言う。私は3回目で許可が出た。
私が訪れた時、華人と思われる女性がお祈りをしていた。観光スポットでもあるが、ここに住む華人にとっては生活の一部であり、とても大切な場所なのであろう。

