12月18日に海岸通りにある最終日となる「BankART Life」を訪れた。ホスピタリティーというテーマで開催されており、アートとしてのホスピタリティーが若いアーティストによって表現されていたが、ここで非常に興味深いプロジェクトを知ることになった。日本三大ドヤ街である「寿町」再生プロジェクトである。現在、寿町には7,000人くらいの日雇い労働者が住んでいるらしいが、日雇い労働者のための安宿を、格安の宿を求めている外国人のためのホステルにしようという計画であった。
寿町とは関内駅から徒歩10分足らずの場所に位置する町名であるが、古くからこの辺りに住んでいる人にここを知らない人はいない。
県外から来る人の多くは、関内や石川町と聞いて、山下公園、中華街、大桟橋等の華やかな観光スポットを想像するであろう。寿町はこの港側とはJR根岸線を挟んで反対側に位置しており、元町商店街辺りから誤って来た人は、殺伐としたその光景に驚くに違いない。
このプロジェクトは、ホステルから始まり緑化計画にまで及んでいたが、果たして何処まで再生されるのか非常に興味深い。第一にここの住人が再生を望んでいるのだろうか。
「BankART Life」の展示スペースではこのプロジェクトの映像も放映されており、内容も秀逸であったが、ほとんどの人はあまり関心が無さそうであった。華やかなアートを期待して訪れた人にとっては、この映像は違う世界のものであったに違いない。だが私にとってはこの寿町は非常に身近な存在であったために、とても衝撃を受けた。私の自宅は扇町にあり、寿町のすぐ隣にある。すぐそばのローソンに行けば、店内の客は寿町の住人で占められ、時折、彼等と従業員が揉めている場面を見かける。自宅から関内駅に向えば、酔いつぶれて路上に倒れている彼等をよく見かけ、いまでは日常の光景となってしまっている。先日はこのローソン前で頭から血を流している男性を見かけた。タクシーの運転手はいまだにここを通過することを嫌がり遠回りする。私自身も彼等に悪態をつかれたこともある。私にとって寿町とその住人達はとても身近な存在なのである。
昨日と今日の昼間、再生プロジェクトの中心であるNPOが運営する「さなぎの食堂」に行ってみた。ランチは日替わりで300円と安価だが美味しかった。厨房には年配の人も働いていたが、ボランティアらしき若者も見かけた。また、食堂を訪れる身体の不自由な住人のために、送り迎えをしている若者も数人いた。彼等もボランティアであろう。そんな彼らを目の当たりにして、少し考えさせられてしまった。自分はいままでこの寿町に足を踏み入れることさえ躊躇していたのに、この寿町の現状に正面から向き合っている人達がいるのだ。
ドヤ街はスラム街ではない。スラム街には子供もいるが、ここでは見かけない。一昔前のニューヨークのハーレムはスラム街であったが、黒人文化の宝庫でもあった。だが、ここには文化と呼べるものは存在しない。前述の展示スペースでの映像で、何も生み出せない町と言っていたが、本当かもしれない。
しかし、ここを再生させたいと願う人達がいる。見放されたこの場所を。自分も何らかのかたちで貢献出来たらと思う。
写真 上段 寿町内で不法投棄されたゴミ
下段 さなぎの食堂
NPO法人さなぎ達のサイト